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番号:11792 ) 04/06/29/Tue 12:48 発言者:shinji
[で]
>個体、のほうが実は存在しないんじゃないか、とか。こういうのっ
>てかなりいろんな文化圏に見られる思想です。
>昔はそっちのほうが多かったんじゃないかな?
>でも、その逆の思想も同じくらいに多い。 

やっぱり、これも発明なんですよ。

昔は無かったけど今はある。
個人と言う概念が人そのもののメンタリティーを大きく形成している。
不思議な話しですよね。

風の谷のナウシカで、ナウシカが巨神兵に名前をつけると巨神兵が急に賢くなるじゃないですか。
そして自分と周りとの関係も理解を始めるようになる。
僕にとってはあれが凄くいろんな事を示している気がします。
つまり個人の概念が芽生えることで普遍性(というのだろうか?)も浮き彫りにされると言うか、
僕はこの二つは背反するものでは無い気がします。

僕は阿Q正伝の阿Qっていわゆる「個人」の洗礼を受けてない「人類の個体」の内面を描いてると思うんですよね。
どのくらい正確かわかるすべは無いですけど、乞食だった僕は「ああそうそうそんな感じ」くらいには感じます。

物乞い乞食の僕と知的乞食の僕とどっちも自由と不自由があるから、
どっちが良いかとはいえないですね。

ただやっぱり今の僕は日本では物乞いにはなれないので、
これは理由はともあれ、ぴんぴさんの言う
>ぼくは、まあ「個人」って考え方があってよかったな、と思うことは結構あります。
この気持ちに同意します。
もう「個人」が出来てしまったかぎり、人類はこれと向き合って生きていくしかない。

ぴんぴさんのいろんな話を聞いていつも感じるのは、
言語、宗教、思想、文字、と、人間の脳を介していろんなものが発生していき、
それを利用して身体の伸張を行い変化していく。
そういう仕組みを持ってますけど、それはむしろ人間が高級な生物なのではなく、
そういった人類の脳を媒体として変化、体系化、肥大化、分布の変化、
時に情報化され時間や空間を越えて生存していく、
言語、宗教、思想こそ地球の新しい形態の生き物なのではと言うことです。



番号:11791 ) 04/06/29/Tue 11:55 発言者:shinji
[ひー]
>いや!ただではもらえません。買うんです。しかも高〜〜い!
そうだった(^^;;


番号:11790 ) 04/06/29/Tue 11:49 発言者:shinji
[おしえておしえて]
難しくなってきた(^^;;
言葉も難しい。
「普遍主義」ってなんですか。
神は真理であり真理は普遍であるってあれですかね?

>8世紀インドのニヤーヤ学派は「真に存在するのは刹那にある個体だけ」
>という命題を立てたのですが、この伝統が15世紀くらいまで続いてた。
>この仏教のなかの論理学派でもって、インドの仏教は終焉します。
なんか面白いエピソードに感じます。
物質や魂が永遠永劫に輪廻していき、出来事も原因と結果の連鎖であるというヒンディーの
世界観の中でそこにたどり着くのは凄いことだと思うけど、
最終的にその考えとともにインドの仏教は終焉するんですねぇ。

あ、オッカムのウィリアム。
名前だけ知ってる。
かみそりの頭脳でしたっけ(^^;;

>光は波であると同時に粒子、としかいいようのない性質をあらわす。
ふむふむ。こっちは解ります。
>量子力学は、この問題を解決、ではなく、回避することによって成立している、というか。
こっちは解らない、というか知らない。
だいたいどんな感じなんですかねぇ?


番号:11789 ) 04/06/28/Mon 21:17 発言者:ぴんぴ
[いや!]
>日本は死んだら戒名がもらえる(^^;;

いや!ただではもらえません。買うんです。しかも高〜〜い!
保険、年金とおなじ体質がそこにあります。

ここは突っ込んでおかなくては(^^;;

番号:11788 ) 04/06/28/Mon 20:59 発言者:ぴんぴ
[で、]
まあ歴史的には、そのナウだった「個体主義」がいつのまにか「個人主義」になりフランス革命にまで続く動きになる、というのは言えると思うんですよ。
エゴイズムもそこからでてることは一方で、確かにいえることです。

モンティ・パイソンに「I love Chinese」というとんでもない歌がありますが、あれは、「個人主義」が存在しない文化圏にたいする西洋の「恐怖心」をギャグにしたものですよね。

ぼくは、まあ「個人」って考え方があってよかったな、と思うことは結構あります。
その極端な逆を考えるとです。
たとえばキリスト教でも中世的世界観は「人間」という種が実在で、個人はその堕落した形態という考えがある。
これを短絡して捉えてしまう極端な解釈では、戦争でいくら兵士が死んでも、人間という「種」はのこるからいいんだ、なんていうことも言えてしまう。

個人の救いや魂の尊厳はいったいどうなっちゃうんでしょうねえ。

ある近くのどこかの国では、近代のすぐそばにいたるまで人食がほとんど工業的なレベルでおこなわれたという恐るべき事実もあることだし・・。

これはだからかなりの難問だとおもいますよ、二項対立の二者択一では絶対解決がつかない問題だと思います。

番号:11787 ) 04/06/28/Mon 20:48 発言者:ぴんぴ
[まさに、]
>いろいろと思いつくままに言ってるだけなんですけど、なんだかちょっと面白くないですか?

まさに、これは存在論のなかでも中心的問題です。面白いどころの話じゃなく、考えてると頭がひっくり返るくらいの難問ですねえ。

8世紀インドのニヤーヤ学派は「真に存在するのは刹那にある個体だけ」という命題を立てたのですが、この伝統が15世紀くらいまで続いてた。
この仏教のなかの論理学派でもって、インドの仏教は終焉します。
一方、西欧ではウイリアム・オッカムが14世紀に「普遍的なものは存在しない、ただ個体だけ」という徹底的な個体主義を唱え、その後のプロテスタンティズムの源流とでも言うべきものを作っている。というか自然科学にいたる道の第一歩を開いている。
デカルトやライプニッツが考えたような個体的実体(アトム)みたいなものを前提としてやっと物理学が成立したのですから。
非常に大雑把に言って、これら個体主義は仏教、キリスト教ともにあった「普遍主義」を終焉に導いた考えです。

僕自身の考えはこれらの個体主義の立場にはかなり懐疑的です。

そもそも、「個体は真に存在か?」という疑問は、解決がつかない二律背反の性格を持っているんじゃないかな。
一言でいって、「点はいくらつなげても絶対線にはならない」という問題です。これは、アインシュタインの光量子理論に見られるに二重性にも現れてる。
光は波であると同時に粒子、としかいいようのない性質をあらわす。
量子力学は、この問題を解決、ではなく、回避することによって成立している、というか。

ずっとにも書きましたが、人間存在だって連続的なもので、けっして「個人」には収まらない要素をふくんでますよ、純粋に物理的に見ても。受精の瞬間から個人が存在するというのが常識ですが、
瞬間っていつの事かを考えるととてもあやしくなってくる。
つまり、一秒とかその10分の一の時間、とかそういう単位ってのは無限に細かく分割できますからね、すくなくとも理論上は。
でも、「線(あるいはここでは連続体と言い換えていいと思うけど)はいくら細かくしても点(個体)には永久にならない」という大原則があるんです。

個体、のほうが実は存在しないんじゃないか、とか。こういうのってかなりいろんな文化圏に見られる思想です。
昔はそっちのほうが多かったんじゃないかな?
でも、その逆の思想も同じくらいに多い。 

でも、いつもそうそうそれを乱暴に言い切っていいものかどうか。
とにかく難問。

まあ、いろいろそれについて考えるのは面白いとおもいます。



番号:11786 ) 04/06/28/Mon 19:45 発言者:shinji
[お客様はテンプラですね。]
>僕の使ってる教科書には「僕はてんぷらです」
>という例文がでてきてそれを説明しなきゃいけない教師を困らせる(笑)
わはははは(^^;;
面白すぎる(^^;;;;;
いろいろ出来ますね。
「カレーはどなたですか?」
「私はカツカレーです。」
「申し訳ありません。すぐにカツカレーをお餅します。」
すぐに日本に行ってみたくなりますね(^^;;

番号:11785 ) 04/06/28/Mon 19:32 発言者:shinji
[そうそう]
>>What is this name ?
>こう言い方もしますね。でも意味がぜんぜんちがう。
>「なんじゃこの(へんな)名前は」
>とかそんな意味ですねえ・・。
そうそう、でもこういうアジア人同士で通じる英語がある(^^;;
"What name is this?."でも微妙に通じにくい。
おもろいですね。

>でもまあ、人間にはむかしからひとりひとり名前をつけてたんだしなあ・・。
>分析はあとからはじまったのかな?
どうだろう?
実はそれほど昔でも無いんじゃないですかね?

キリスト教の人は洗礼と名がセットだから、
少なくとも2000年前くらいからは一人一人ついてるけど、
例えば中国なんて最近50年より前くらいは何番目に生まれたかが名前みたいなもんでしょう。
よほどでなければ家族に苗字も無いだろうし。
中国には厳密には固体への固有名詞は一般的じゃなかったんじゃないかな?
呼び方があるだけ。
だから普通は「我呼(ウォジャオ)ナントカ」で、
「我名也ナントカ」とは言わない。(たぶん)

そして固体の価値が上がった時だけ名前がつくんじゃないですか?
で、つまり「有名」になる。

出世したりして固体の価値が変れば名前も変わる。
(だから「名前にふさわしい」とかいう考え方がある。)

でも有名にならなくても、最悪、日本は死んだら戒名がもらえる(^^;;

姓名が今みたいな西洋式固有名詞なのは日本でも極最近のことじゃないですかね?
つまり戦後の法律になってから。
だって明治の人なんて「有名」の人は名前が何度も変わるでしょう?
まぁそれも固有名詞でしょうけど、今の概念の人一人ずつを生まれてから死ぬまで
固体を区別するものとは少なくとも違う気がする。

西洋から個人主義がやってきたと言うけど、
人間に厳密に固体名をつける事もその一つじゃないですかね?

いろいろと思いつくままに言ってるだけなんですけど、なんだかちょっと面白くないですか?

「おぬし、だれだ!」
「名乗るほどのもんじゃぁござんせん。」

やっぱ「赤胴鈴乃助」より「木枯らし紋次郎」のほうがカッコいいですね。
ふっふっふ(謎)


番号:11783 ) 04/06/28/Mon 15:36 発言者:ぴんぴ
[お]
>固有名詞と普通名詞って分けて考えるのもナウい考えなんじゃ無いですかね。

いま気がついたんですけど、哲学史のなかでもそうですね。
西洋では個体概念に対する思弁が現れるのが14世紀から、
インドでは9世紀にもうすでに。

個体、という考え方自体がナウいみたいです。(その良し悪しはともかく)
でもまあ、人間にはむかしからひとりひとり名前をつけてたんだしなあ・・。分析はあとからはじまったのかな?

番号:11782 ) 04/06/28/Mon 15:32 発言者:ぴんぴ
[お]
>What is this name ?
こう言い方もしますね。でも意味がぜんぜんちがう。
「なんじゃこの(へんな)名前は」
とかそんな意味ですねえ・・。

日本語教えてて気がついたんですけど、「・・は・・です」って「be」より意味がひろいですよね。
僕の使ってる教科書には「僕はてんぷらです」という例文がでてきてそれを説明しなきゃいけない教師を困らせる(笑)

「僕(がちゅうもんするの)はてんぷらです」のカッコのなかが省略されているとこじつけて説明したような気がする・・。
もっとも、ラテン語やギリシャ語でもこれと似た言い方はありますね。

番号:11781 ) 04/06/28/Mon 09:57 発言者:shinji
[命名]
>shinjiさんもテラリウムの草一本一本に名前をつけましょう!
>きっと愛情にをそそがれすくすく育つことですよ・・。
もちろんです。
僕は向かって右側のアマゾンソードプラントには「オルトロス」、
向かって左側のアマゾンソードには「キューピー」と名付けてます。

水槽には「ガンダム」「バーくるみ本店」「保育所くるみ」です。
しだれ梅は「クルミの木」と名付けたら、拗ねてしまったのか、いまだに葉が出てきません。
(まだ完全には枯れてはいない様ですが)
http://www.i-elements.net/futomomo_images/040215/veranda.jpg

「いやーオルトロスは結構良く育ってるけど、キユーピーはひよわでねぇ。
 また先週風邪を引いて会社を休んでいたよぉ。」

なんて会話は我家では当たり前なのです、ひっひっひ(^ー^)

番号:11780 ) 04/06/28/Mon 09:20 発言者:shinji
[知って得する僕のサバイバル英語]
それは"What is this name ?"です。
これは英語には無いので西洋人には使えない。

だけど、アジアの人には大抵良く通じる。

西洋人は現地の言葉で「これ何?」の言い方をガイドブック等で知ってるんですが、
これは彼らが言うようにあまり役に立たない。
現地の言葉で「これ何」って聞くと現地の言葉でそれがどんなものか詳しく教えてくれる(^^;;
もちろん聞き取れません(笑)

言葉を覚えたりするのに、単純にそれを何と呼ぶか聞きたい事の方が多くても、
なぜか普通ガイドブックには「これ何」しか乗って無い。

英語で"What do you call this ?"なんて聞いてもそんな難しい言い回しを理解出来る人は
かなり英語がしゃべれる人だけです。

下手をすると、キャベツを指して「イェ・キャー・ヘィ?(これなにです)」と聞いて
「カーナー(食物)」とか言われると、その人はインドではキャベツはカーナーと言うと思ってしまう。
この人が辞書を作る人だったら大変です(^^;;

だけど、"What name?".とかで聞くとたいていわかってくれる。

旅行者を良く観察すると、日本人で、これを使ってる人が割といます。
無意識だと思いますけど。
西洋人はまずありえない。
教えてあげると喜びます(^^;;

僕が気付いた事のポイントは
「英語を喋る人の多くは普通名詞を名前と言わない傾向があるがが、
 少なくともアジアでは普通名詞も名前と考える人が多い。」
と言う事です。

っていうか名前って言葉が表す概念が西と東で少し違うって事かな?



番号:11779 ) 04/06/28/Mon 08:56 発言者:shinji
[んー]
固有名詞と普通名詞って分けて考えるのもナウい考えなんじゃ無いですかね。
ちょっと面白い例があって、
タイは本来、河の事をメコンって言うんですよね。
ラオは河の事をナムコンと言う。

で、今はタイではメコンリバーは「メコン・ナムコン」
ラオではメコンリバーは「ナムコン・メコン」

これは名詞を固有名詞と普通名詞にわける考えがあとで入ってきて、
起きたんじゃ無いですかね。

そういう単語結構有ると思います。

ある地域で例えば、カムと言う地域で山の事をルンと呼んでたとしますよね、
その人たちにとって山と言えば「ルン」だし、「ルン」と言えば山の事で、
その人たちの言語が生息域を広げれば、「ルン」は普通名詞になって、
山を例えば「バン」と呼ぶ人たちに広まれば、そのバンは「バンルン(バン山)」になりますよね。
カムの山は「カム・ルン」になる。
色んな状況が有るから逆の可能性も有る。

例えば「イヌイット」も彼らの言葉で「人」の意味ですよね。

だから固有名詞が名と言うのもたしかにそうだと思うけど、
普通名詞と固有名詞を分ける事自体が、
あるおそらく文法研究を通じて(西洋的に?)洗練された考え方なので、
アジアではあまり意識が無くて、例えばインドでキャベツを指して
「イェ・ナーム・キャー・ヘィ」
と聞けば、
「イェ・アルー・ヘィ」
と、このモノの名が「アルー」だと教えてくれる。

それともインドは「名前の本場」(^^;;ゆえ、「名前」と言う物の適応度が高いので
普通名詞も「名前」としての概念が浸透しているとか?

>「名前」という概念も、ある種、メタ言語ですからね。
>つまり個々の名前を抽象概念で一般化し、「名前をもっているそのもの」という枠で
>まずひとくくり、
>さらにそれを、物的側面ではなく、「概念の概念」として、「表記された、あるい
>は書かれた物質として、概念を代表するもの、」としてさらに抽象している。

ふふふとても難しい(^^;;
つまり物をどう呼ぶかという考えにまで呼び方をつけたって事ですかね?

>高度な思索を背景にしなければ発明できない。
そうそう。
言われてみればたしかに有るのはすぐに解るんだけど、
これに気付くのは凄い発想ですよね。


番号:11778 ) 04/06/28/Mon 02:17 発言者:ぴんぴ
[いやいや]
本来の形は、
「名をなのれ!」
「赤胴鈴ノ助だ!」
です(^^;;
基本的に固有名詞をさすのが「名」、「名前」だと思います。
おそらく、どの言語でもそこから派生して「一般名詞」を指すのにも使われたとおもう。

直接、関係ないですが、ある意味不思議だな、と思うのは、固有名詞ってたいてい人間かごく人間と親しい動物にしかつけませんよね。
転がっている石ころに「ころころちゃん」とか、
自分の家に「家子さん」とかつけるひとはいない・・家に入るときに、「家子さん、なかに入らせていただきますよ」、と言うか(まあたまにはいますが)
あるいは今日や食べる
鳥の丸焼きに「丸太焼鳥之輔」とか名前付けはしない(^^;;

shinjiさんもテラリウムの草一本一本に名前をつけましょう!
きっと愛情にをそそがれすくすく育つことですよ・・。

あれ、なにがいいたいんだっけ?まあいいか・・。

番号:11777 ) 04/06/28/Mon 01:37 発言者:ぴんぴ
[名前]
サンスクリット語の「naman」が、インドネシア語「nama」になり、、それが今から5000-7000年ぐらい前に「名」になって日本語に入ってきたらしいです。
なんとも気の遠くなるような昔で、よくそんなことがわかるもんだ、と思いますね、僕は。
ドイツ語や英語でもネームとかナーメで比較的サンスクリットの形跡をとどめているから不思議ですね。
でもアジア系の言葉に分岐したのはそれこそ下手をすると1万年くらい前になる!

古代インドは、とにかく当時としてはとんでもなく発達、というか複雑化した文明だったから、哲学なんかにはとくにある種全地球規模の影響を及ぼしてる面があるとおもいます。
「名前」という概念も、ある種、メタ言語ですからね。
つまり個々の名前を抽象概念で一般化し、「名前をもっているそのもの」という枠でまずひとくくり、
さらにそれを、物的側面ではなく、「概念の概念」として、「表記された、あるいは書かれた物質として、概念を代表するもの、」としてさらに抽象している。

高度な思索を背景にしなければ発明できない。古代インドの発達した言語学、形而上学をかいま見るような気がします。

「ゼロ」という概念とおなじようね、発明されたら一気に伝播したんじゃないかな、と思います。


番号:11776 ) 04/06/27/Sun 20:31 発言者:shinji
[般若]
http://www1.odn.ne.jp/noh-masks/hannya.htm
どうも般若坊という能面打ちのお坊さんがいて、そこから来てるって言う説があるみたいですね。
その人が打った女の鬼の面があんまりにも怖かったので代名詞みたいになったとか?
上のurlのもうひとつの説の話を昔聞いたような気がするけど、わすれちゃった。
あ、でもやっぱり能面だったんだ。

http://cgi.iwamifukushikai.or.jp/cgi/iwamifukushikai.or.jp/user-cgi-bin/shop/cgi-bin/shop.cgi?action=list&gcode=1
やっぱりお部屋のインテリアや贈答品に良いと書いてある。

番号:11775 ) 04/06/27/Sun 19:14 発言者:ぴんぴ
[あと、]
言葉にはたしかに方言に分化する傾向がつねにあるからこれも見落とせませんよ。
柳田国男が方言の研究をしてたとき、東京なんかよりずっと、いわゆる田舎の孤立した地域ほど言葉が変化するスピードが速いことを発見したんだそうです。
東京や大阪では、人がおおいし、コミュニュケーショんの規模が大きいので、広く流布している物言いをしないと通じないから、古いことばが意外と残る。江戸弁だって大阪弁だってけっこう古いですよね。
でも、細かく説明しなくても意見がすぐ通じてしまう田舎では、いつもいわなくても通じるので言葉を省略する傾向が強いんだそうです。秋田弁の「だ!」とか博多弁の「とっとー?」とか。
それは僕も前からおもってたんですけど、すぐ何でも略してしまう、たとえば「兄シュー」とかそういうセンスってすごく田舎くさいとおもいます(^^;;

番号:11774 ) 04/06/27/Sun 19:03 発言者:ぴんぴ
[はははっ]
>つまりこんな感じ。
これも怒ってるじゃないですか(^^;;

般若って般若心経の般若と同じなんですかね?

番号:11773 ) 04/06/27/Sun 18:59 発言者:ぴんぴクロペディア
[うむ]
>んで、つまりどのへんの言葉の吹きだまりって事なんですかね(^^;;

うむ、これが難問なんですよね。
はっきりしないけど、「大体こうじゃないか」という感じでは、
まだ大陸と陸続きだったころシベリアなどから、源日本語の大きな部分を占める言葉が民族とともにはいってきて、
それが南方(インドネシアとかビルマ)の波をかぶり、(例えば稲作に関するこ単語はビルマ語だそうです)
さらにそれが環中国地方(中国と中国を取り囲む広い地域)の波をかぶり、
もちろん朝鮮半島なんかからは紀元前よりずっと前から帰化人が来てたはずだし、
あとはそれこそ琉球系統の波もあったりして、
とにかく物凄く錯綜してることは確か(笑)。

とにかく、文字とか文法が成立するずっとずっと以前に、そういう民族の移動と断続的な波が常に続いていたんじゃないか、という感じを僕はその本を読んで想像したりしました。。

番号:11772 ) 04/06/27/Sun 11:20 発言者:shinji
[般若]
たしかこれもインドから伝わってきた言葉ですよね。
たしか般若って「パーニャ」から来てるんですよね?
般若心経の出だしは「観自在菩薩がパーニャパラミータを行っている時、」って感じですけど、
なにかの本で色々訳が有るけど「深く考える」とか要するに「メディテーション」してる時って考えると良い
って書いてあってなるほどと思いました。

つまり「般若面」は「メディテーション面」!
だからあれは怒ってる顔じゃ無いんですよ。
一生懸命考えてるんです!
つまりこんな感じ。
http://www.i-elements.net/futomomo_images/030331/taberuDrank.jpg



番号:11771 ) 04/06/27/Sun 10:22 発言者:shinji
[日本語]
たしかに英語とか最低限必要な物だけ抜出して作られた感じしますけど日本語は逆ですよね。
Butだけでも沢山有るし、使う単語や組み合わせでニュアンスが違ってきますよね。

日本語と分類されている言葉がすでに一連のグループなんだと思います。
例えば大坂語と東京語では代名詞も主な動詞も動詞の変化も違うし助詞も助動詞も違う。
アクセントの違いを無視すれば名詞や動詞の一部が同じで文法が似てるくらいですよね。
不思議なのは良く意味が通じますよね(^^;;
今の日本人は天然でバイリンガルなんとちゃいまっか。

あと日本語と琉球語はわりと似てますよ。
「名前」がサンスクリットから来てるってのは興味深いです。
僕の知ってる「名前」の単語って、ネーム、ナーメ、ナーム、ナマエ、だいたいこのあたりに入ってます。
単語がこうやって音を共有しているって事はある時「名前」と言う概念が発生して、
それが流行したって事ですかね?

日本語の「ナマエ」は普通名詞も固有名詞も指しますけど、
英語では主に固有名詞ですよね。
「これなに?」はそれがどんな物か聞く文ですけど、
名詞を聞く場合日本語だと「なんて言うの?」か「なんて名前?」ですけど、
ヒンディーやウルドゥーでは「イエ、ナーム、キャー、ヘィ(これ、ナマエ、なに、です。)」
英語だと、
「What do you call this?」で「What is this name?」とは言わないですよね。
日本語とヒンディーやウルドゥーのナマエとナームの意味は英語のネームより近い気がしました。
中国語の言い方は「呼」(ジャオ..だっけな?)で、英語に似てる。

今の共産党中国をみると一見中国は大きいけど、
南の方はいまでもメジャーのパイ族とか他にも少数民族が沢山いて、
もともとは、いわゆる中国語とは違う言葉がネイティブだろうから、
このあたりに中国語とは違うルートの言葉のつながりが有るんでしょうね。

んで、つまりどのへんの言葉の吹きだまりって事なんですかね(^^;;

番号:11770 ) 04/06/26/Sat 21:07 発言者:ぴんぴクロペディア
[一休み]
ふー。ちょっと最近疲れたので今日はなにもしないことにしました。で、「日本語はどのように作られたか」という大変説得力のある本を読んだので報告です。

まず理論的な背景。
ひとつの言葉から枝分かれ的に分岐する言葉の分裂による「系統論」による説明は、印欧語にはとても有効な説明だけども、日本語の成立の記述にはほとんど役にたたない。むしろ、ちいさな多くの川の流れがひとつの大きな川になるという形の「成立論」の方が日本語の歴史を解明するのに役立つ、ということ。
もちろんひとつの「祖先にあたる言葉」をさぐるのは依然意味をもつので、その双方の手法を使い分ける、ということです、重要なのは。

次に、それと民俗学、人類学、考古学、そしてなにより重要なのが統計学的な手法を総動員して、日本語の成立の図を説明するのが有効である、ということ。統計学とは、全く数量的に二つの対象になってる言語に、お互い似た言葉がどのくらいあるかをパーセンテージで機械的に割り出す手法です。そのなかには偶然の一致「そう」と「so」も含まれてしまうけど、それをひっくるめた上で「偶然以上の一致のパーセンテージ」の「比率」を、どの言語とどの言語が示しているか、を追求する手法で、もっとも新しい手法ですね。

そういう研究の結果第一に、かなり確実だとおもわれることは、
日本語にはそれ直接の兄弟関係にあたる、とても似た言語は存在しない。ということです。イタリア語とスペイン語のような。
第二に、わりと似た言語に朝鮮語、チベット、ビルマ語、古い中国語、カンボジア系言語、インドネシア系言語があり、
やや似た言語に、いまのシベリア東部にわたってあるアルタイ語系、アメリカインディアンのある種の言葉、
まあ関係はあるかもしれない、といわれている言葉に、インドのタミル語などがある。

これをもとに推測すると、日本語も日本のほかの文化物と同じで、異なった様々な時代の様々な影響の波をかぶりつつ、「文化的吹き溜まり」として成立しているんではないか、ということです。
(おもしろいのは、稀な遠く離れた言語からの影響もあり、たとえば「名前」という単語は確実にサンスクリットからきている証拠があります。茶もそうですけど。)

太古の時代、いろんな文化圏からおそらく移民が次々やってきて、「おっここは魚がうまい、景色もいい、住んじゃえ」ってんで住み着き、帰るのが億劫になった、というか。考古学的にみても、人類はあきらかに、アフリカ、大陸の中央部から、長い時間をかけて東の方にきたのではないか、と思わせる証拠があります。

日本人が「和」を重んじるのはそういうこともひょっとしたら関係してるのかもしれませんね。

番号:11769 ) 04/06/26/Sat 14:25 発言者:ハマーン
[にゃんこ]
被害がすごいですねぇ。。猫にしろ犬にしろ、兎にしろ、、人間世界でいうおいたをしても、それぞれの世界じゃおいたでもなんでもないだろうから、ついつい許してしまいますよね。。共同生活する上で、止めて欲しいことも沢山あっても、あの愛くるしい顔や動作でついついこっちが折れちゃいます・・・かわいい。ってお得だわぁ〜

番号:11768 ) 04/06/26/Sat 14:23 発言者:ハマーン
[魂を打ち込む。]
から面打ち。って聞いたことがある気がします(読んだかも・・) いつか、般若を私の魂を込めて、打ち込みたいです。ヒュ〜〜〜ドロドロドロ〜〜〜〜

番号:11767 ) 04/06/26/Sat 04:11 発言者:ぴんぴ
[の!]
>血だらけの口でにゃぉおうぅん!。
傷だらけの腕(寝てるときにどうも手をぶらぶらやる癖があるらしく、それを引っかかれて見るも無残な腕になってるんですが)で夜中に「うおおおん!」(←私です)
この間は、ライオンに頭を食いつかれる夢をみたんですが、原因が解明しました。
最近、頭に短くしてるんですけど、夜中に寝汗をかくんですね、
それを、塩味の好きなうししが「んーーごろろろろごごごごろろろお、ふご、ふご」と夜中にやってきて、
自分の毛でもなめるように「でろでろでろ」と舐めにくるんですね。(きゃー)というかちゅうちゅう吸っている感じ・・・・。

どうしてこんなことになってしまったんでしょう・・、綿棒といい・・。

番号:11766 ) 04/06/26/Sat 03:40 発言者:ぴんぴ
[だから]
芸術家になる方法は簡単です。
定職を持ってればいいんですから(^^;;

うちもいつもハニーさんと「ゲージツ家は食えないのが前提」と確認しあってます。
これ、もう僕の中のゆるぎない確信なんですけど(^^;;
だって歴史をみてもそうですよ。フェルメールも趣味だし、ダビンチも、ゴッホも尾形光琳も若冲も。
職人的画家はべつで、工房が面倒見てくれたとおもうけど、彼らだって大変だったと思う。

たまたま大当たりをして儲けるひとがいるけど、あれは宝くじと同じです。
日本なんかじゃ、画商がピンはねしてるかんじ。画廊でバイトしたことあるけどそんな感じがしました。
それに絵描きが下手に儲けると今度は悪口を言われる。

ボイスみたいに、生活費は母親の寄付で一日100円、有名になっても500円で自分の学生に絵を売ってその日の食事を、というのがまあ現実になってくるでしょうね、とくにああいう一般受けしないことしてると。

まあ、僕にいわせればボイスも「すこしはバイトぐらいしたら?」ということになりますが・・。

番号:11765 ) 04/06/26/Sat 03:18 発言者:手動検索エンジンぴんぴルco.jp
[原稿料]
原稿料がでないのは、いまどきなまれな高邁な精神です。
だから内容のある出版ができるんですねえ。

上智大学の出してる「中世思想原典集成」も、執筆者何人か個人的にしってますが、「原稿料」のあまりのお粗末さにギャグになってましたね。
日本ではカトリックの司祭に給料はでません。どうやって生活してるか、というと、ボランティアなんですつまり。他に仕事を持っている場合が多い、先生とか。
これは、じっさい彼らの矜持になっています。
宗教とか芸術ってそういうものだ、というのが僕の考えでもあります。
金儲けでないのが救いですよ。

番号:11764 ) 04/06/26/Sat 03:10 発言者:手動検索エンジンぴんぴルco.jp
[打つ]
とは、平凡な結果ですが、そもそも
 1. 叩く
が古語でも原義だったようですね。
で、興味深い派生的使用法としては、
 1.1 麺を、刀を、打つ(叩いてつくるから)
そしてそこから派生して「作る」という意味が出てきたようです。
その意味で「能面を打つ」なんでしょう。職人が精魂こめて、という感じがでてますね。
  博打をうつ、というのもありますが、これも、「囲碁を打つ、将棋をうつ」    (つまりぱしっと)というとこからきてるようです。     これも感じがでてていい表現ですね。

番号:11763 ) 04/06/25/Fri 19:31 発言者:shinji
[麺打ち名人]
なんで能面って「打つ」って言うんでしょうね?
ノミを木鎚で叩くからかなぁ?
感覚的にはたしかに打つ感じしますけど。
彫って削り出すんじゃ無くて、打って出てくるって言うか。
あ、でも麺も打ちますね。
それとも能面打ちから来てるんですかね(^^;;

番号:11762 ) 04/06/25/Fri 18:59 発言者:shinji
[ひー]
>うちのバイオレンスうっしっしーが台所の棚を全部落としてしまった!
フンザの猫達はチーズを狙っていつも大変でした。
ねずみの頭蓋骨を殺ぐ音やベッドの下に散乱する尻尾、食べ残しの内臓、ニワトリの頭。
血だらけの口でにゃぉおうぅん!。
バイオレンス度ではフンザ猫の勝ちですね(^^;;

番号:11761 ) 04/06/25/Fri 18:51 発言者:shinji
[ガロ]
ガロは白戸三平と言う漫画家のカムイ伝というマンガを発表するために長井勝一と言う人が企画した雑誌です。
http://www.freefactory.net/~nagai/nagai.html
マンがというジャンルで芸術を目指したのですが雑誌としての特徴は、
「作家には原稿料が出ない。」
という著作権を大切にするディズニーが聞いたらヒステリーを起こしそうな経営姿勢です。
ともかくガロはお金が無く、ガロの漫画家に水木しげるという人が有名ですが、
「ガロにマンガを描くと貧乏になる。」
という名言が有ります。
マンガが何度もアニメ化されてどう考えても水木しげるはお金持ちのはずですが、
廃刊になっても何度も復活するガロに「ちょっと原稿を描くとなぜかすぐ貧乏になる。」
という現象が起きるんだそうです。
糸井重里のような絵を書けない人も作品を出していて、
ヘタウマとか言う言葉が生まれたのもこの雑誌からかな?

「ちょっと原稿を描くとなぜかすぐ貧乏になる。」
が、とても面白かったので忘れられません(^^;;
水木しげる曰く本当に食べるのも困るくらいの貧乏になるんだそうです。
ツァイトなんて潰れてしまった(爆)
マンガはいろいろと面白いです。
他にも恵比寿よしかずとか、つげ義春とか。釣りキチ三平の矢口高雄も。


番号:11760 ) 04/06/25/Fri 18:35 発言者:shinji
[日本の役人]
日本の役人は有能ですよ。

それに比べて政治家という人たちはとても知能が低いみたいです。
司法もどうやら飼いならされているように見えます。
国民もどうやら多くは阿呆みたいだし、
つまりナメ切ってるからあんな年金使い込みのような犯罪が平気で出来るんですよ。

現実問題これに対して誰も刑事罰を与えようとしない。
あんな泥棒に対して摩訶不思議な現象ですよ。

実際カエルさんの例をとってみると、つまり、
国会で年金制度やそれを利用した社会保険庁の犯罪行為をなんとかする事を話し合ってて
それなのに国会議員もお粗末だった事が露呈して騒ぎになったのに、なにも理解して無く、
自分でふっておいて、人が社会保険庁の話をしたら気狂い扱いですからね(笑)
だいたい菅直人の年金未納時期は社会保険庁からのリークですからね。
あれで国民年金の事は本質的な部分が(かえるさんの反応を見れば良くわかるように、)あやふやにされた。
国民はまんまと踊らされたんですよ。

おっと、またカエルさんとか、カエルさんのご友人達に掲示板荒されますね(笑)
まぁ次にああなれば変に場をおさめよう等とせず、もっとはっきり受けてた立ちますけど。

現野党はマニフェストに社会保険庁の解体を唱ってますけど、
現実問題難しいでしょうし、仮に解体出来ても別の場所で同じ事するだけでしょうから、
それだけでは犯罪の撲滅は出来ないでしょう。

そう言えばコイヅミ君も天下りを減らす法律を作った??(んでしたっけ?)そうですが、
数日前の新聞によると「今年の天下りは去年と同じ人数」だったそうです。
1回天下りされるとそれだけで国家予算が何億円も彼らのポケットに入っちゃうんですよね。
刑務所で使われるお金はそれにくらべると遥かに健全に使われてる事に感じますよ(笑)



番号:11759 ) 04/06/25/Fri 17:51 発言者:shinji
[いや]
それは大丈夫です。
うちは取り引きは全部銀行で行っていてガラス張りなので1円も脱税してません。
まぁ小杉ペットみたいな小売り店のようにはにはいか無いですね(^^;;
まぁあそこは不動産収入が100%以上の収入だから店は税金対策と息子の教育費ですよね。
それでも損益が大きければ大きい程、控除幅が大きくなるのでごまかし甲斐は有ります。
今どきレシートすらくれない店は珍しいですからね(^^;;
長い事苦労の経営の経験でしょうけどカワシマパパはちゃんと考えてます。
まぁ不動産運用なので、資産や銀行の信用があってこその商売ですから、まねは出来無いですね。

うちはせめて青色申告にして控除額を大きくしようとしてますけど、たいして変わらない気がする。
去年、税金、年金、保険料があがったので、かなり赤字になった分、
今年は少し税率が下がっているので比較しにくいんですよね(^^;;


番号:11758 ) 04/06/25/Fri 17:14 発言者:ぴんぴ
[ん!]
ほらほら、税務署が見てるよ!
11757とこれ消して頂いて結構です・・。

番号:11757 ) 04/06/25/Fri 17:09 発言者:ぴんぴ
[そうですねえ・・]
>特に個人事業者は高いと思います。
この長引いている不況でもっとも痛手をうけてるのは中小企業、個人事業者といいますね。
どうしてこんな弱いものいじめの社会になったんでしょうねえ。

なんとか払わない手はないもんですかね、合法的にうまくやる、というか。
ドイツでも飲食店など個人事業の経営は凄く大変で、まともに税金をしっかり払っていると絶対(!)にやっていけないようになってるようです。
で、役所も半ば黙認の形でちょっとした脱税というのはもう良心のゆるす範囲内、というかんじなんですよ、じっさい。

日本の役人はでもそれこそ低脳なのがおおいらしいからなあ・・。

番号:11756 ) 04/06/25/Fri 17:01 発言者:ぴんぴ
[おっ]
能面教室、いよいよですか!
出来るようになったら僕にも教えてください。
左右で微妙に表情を違えて作るってことですか・・。へえー、すごいですねえ。
費用がかかるのが泣き所ですよね、お稽古は。でも能面教室なんてめずらしいだろうからぜひやるべきですよ。コンセプトとしても賛成ですね、そういう手作りものもので伝統あるものを育成しよう、というのは。
 

番号:11755 ) 04/06/25/Fri 16:53 発言者:ぴんぴ
[あちゃー]
うちのバイオレンスうっしっしーが台所の棚を全部落としてしまった!大惨事です。コップが10数個われ、調味料が飛び散り、大事なビールのグラスが!
・・・・すみません、ここ数年の大惨事と言ってもまあこんなもんですよ、うちのバイオレンスは。

番号:11754 ) 04/06/25/Fri 16:29 発言者:ハマーン
[あぁ間違えた。]
分かっていただけているとは思いますが、読んでみたら、左右間違えてるし・・もぉ。
エンディングは陽の左を向けて、舞台ソデへ帰る。と書きたかったのでーす。スミマセン

番号:11753 ) 04/06/25/Fri 16:27 発言者:ハマーン
[能面教室]
いよいよ7月10日から始まります〜!当日は説明会らしいので、おそらくその時に歴史とか心構えとかかかる費用とか日時の説明があるんだと思われますが、何にしろ、楽しみです。お稽古代があんまり高くないといいなぁ。デス。
前にぴんぴさんがおっしゃってたお札の目の部分を折って角度を変え、表情を変えるのと同じ原理で面の表情が変わる。って話ですが、さらに、右半分が陰の顔で、左半分が陽の顔。らしいです。直面で前半を終え、後半、面を付けて舞台に登場する際は、無念じゃぁ〜。って状態じゃないですか。なので、右が陰の顔。で、最後、ソデへ戻る時は成仏した後なので、右側の陽の顔を見せてエンディング。だそうです。正直、正面から見ると、右左の区別がつきにくいです。左を正面に向けて下を向き、おでこに手を添えるのが一番悲しい顔のようです。(あ。両手をおでこに添えるのが号泣だったっけかなぁ。。。)能面教室の前日に新作能『原子雲』を観に行くのでその時チェックしまーす。

番号:11752 ) 04/06/25/Fri 16:00 発言者:ハマーン
[知りませんー]
>ハマーンさんガロ知ってます?
聞いたことがあるなぁ。程度でしか知らないです。自分で買うなりして見たことはないです。多分、兄の部屋で見た。とか(半ば強制的に彼の趣味を押し付けられてました^^;;)そんな感じで聞いたことがある。って程度ですね〜。近々花輪和一「新今昔物語」が届く予定なんですよ。楽しみです。
「芳年」も機会があったら見に行ってみたいな〜。と思いました。美術館要チェックですね。

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